八本の折れ柱伝説
壱岐は国内最古の読み物「古事記」の中で、5番目に生まれた島と書かれている。壱岐島は「伊伎島」と書かれ、別名(神名)で「天一柱(あめのひとつばしら)」または「天比登都柱(あめのひとつばしら)」ともいう。
「天一柱」は天上と地上を結ぶ道を意味しており、この道を使って天上から神が降りてきたとの言い伝えがある。
壱岐には柱にまつわる話が他にもある。
壱岐の島の名前の由来につながるのだが、島は「生き島(いきしま)」と言われ、勝手に移動してしまうと考えられていた。
そこで創造神は壱岐が動かぬよう、八本の柱を使い鋼で繋ぎとめたのだ。それが八本柱の伝説である。
八本の柱は折れてしまったものの現存するものもある。
(※参考文献「雪の島」折口信夫)
【一本目】
渡良大島の折れ柱・・・郷ノ浦の渡良三島のうち、大島の東に海面から顔をだす奇岩がある。
【二本目】
渡良神瀬(かうぜ)の折れ柱・・・壱岐西部、渡良地区にある八本の柱の中で最も大きな岩。
【三本目】
黒崎唐人神の鼻の折れ柱・・・現在の猿岩。黒崎半島にある猿岩の付近に唐人神が祀ってあったことからこの名が付いた。(※猿岩がその造詣で注目されるようになったのは近年の話である)
【四本目】
勝本長島の折れ柱・・・勝本沖、辰ノ島の東側にある名烏島(ながらすじま)の北側の柱状の岩。
【五本目】
諸津の折れ柱・・・壱岐北東部にある諸津触。折れ柱の所在は不明。
【六本目】
瀬戸の折れ柱・・・壱岐東部、芦辺瀬戸浦にある折れ柱。折れ柱の所在は不明。
【七本目】
八幡の鼻の折れ柱・・・現在の左京鼻にある柱。猿岩のほぼ対極にあり、島の最東部に位置する。海上から突き出た奇岩・折れ柱は夫婦岩や観音柱とも呼ばれる。
【八本目】
久喜の岸の折れ柱・・・島の南東部、石田町久喜の沖合にある奇岩。平成9年の台風で折れてしまい現存していない。別名「柱本岩(はしらもといわ)」ともいう。
「天一柱」と「八本の折れ柱」の関係性はいまだ分かっていないが、民俗学者の折口信夫によると八本の折れ柱伝説が生まれたのは、天一柱とリンクさせて島全体を神格化させるための、後代の合理化によるものではないかと論じている。
また、現在の八本の柱は旧来のものとは異なる。
現在、八本に数えられるものは黒崎の「猿岩」、湯ノ本湾の「手長島」、辰ノ島の「目出柱」、辰ノ島の「名烏島の柱」、左京鼻の「折れ柱」、筒城浜の「塩津浜の巨岩」、渡良三島の「渡良大島の奇岩」、半城湾の「折れ柱」である。
なぜ異なるのかは分からないが、新しい柱がある場所はどこも観光地としての名所である。もしかしたらこれも合理化によるものかもしれない。また「八本柱」と「八本の折れ柱」は別であるとの説もある。
ただし、変わらないのは島が生きて動いていたという言い伝えだ。国内でも島が生きて移動する話は珍しく、今なお神話化して残っているのが不思議である。